Ars cum natura ad salutem conspirat

オルセー美術館展、展示にて


美術館で展示をしていると、長年の間に知らず知らずある常識に自分がとらわれてしまっていることに、気づかされ、愕然とすることがあります。9月12日に開幕したオルセー美術館展の展示を、同館の学芸員とともに行ったときのことです。

おそらくは、世田谷だけでなく、たいていの美術館では、絵画作品を展示するときに、高さの設定基準として、絵画の高さの中心線、これを「センター」と称し、センターは床から何センチ、というふうにきめて、およそそれに従って作品を吊っていくことと思います。日本人の平均的な眼の高さから、145cmから150cmくらいにすることが多いのですが、これは、いわば展示の常識と思っていました。ところが、オルセー美術館展で展示を一緒に行った学芸員には、これがほとんど意味をなしませんでした。


彼が、オルセー美術館に入ったのは、1年ほど前なのですが、それ以前は、「モビリエ・ナショナル・ド・パリ」というところに25年間勤務していたそうです。この機関は、17世紀に太陽王ルイ14世によって設置されたものとのことですが、要は代々の王侯が所有する様々な様式の家具調度の類を管理し、保管しておく倉庫で、王宮や離宮の室内装飾の用に応えるための保管庫だったのです。現在では、大統領官邸や各国のフランス大使館の室内を飾るため、25万点におよぶ家具、タピスリー、陶器その他のオブジェを所蔵し、貸し出しているとのこと。彼は、その意味でフランス室内装飾のエキスパートでした。


その彼が、壁に吊る絵画作品の高さを決めるときの基準としたのは、展示室入り口の高さ、あるいは、置かれた背の高い家具の高さ、展示ケースの高さ、なのでした。従って、自然と見る人の視線の位置なぞは、無視され、これでは作品がよく見えない位置に展示されることになります。美術館では、作品は見やすい位置に展示されるものと信じていた凡庸なる学芸員にとっては、およそ信じ難い基準なのです。考えてみるに、彼にとって、絵画はあくまでも、空間を美しく魅力的に見せるための道具(その意味では、装飾品の一種)であって、従って作品そのものの内容が鑑賞者によく見えるかどうか、は二の次なのでした。


本展は、アール・ヌーヴォーの工芸品を19世紀の邸宅空間の構成に従って展示紹介することが意図されています。その意味では、確かに、絵画作品は、その室内装飾の一部として、展示されることになります。かくして、オルセー美術館展では、「常識を超えた」位置に作品が展示されています。この選択が、空間として美しくみえるのに貢献しているかどうか、ぜひ皆様ご自身の目で確かめていただければ幸いです。


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