Ars cum natura ad salutem conspirat

駒井哲郎 《食卓I》 1959年  福原コレクション(世田谷美術館蔵)※展示期間4/28-5/27

駒井哲郎 1920-1976

福原コレクション

2012年4月28日~7月1日 1階展示室


開催概要

リオープン企画展 日本の銅版画のパイオニア 駒井哲郎 一大コレクション一挙公開

このたび、世田谷美術館では、世田谷ゆかりの作家として、当館でもブックワークを中心とした作品を数多く収蔵しております駒井哲郎という卓抜した銅版画家の実像を、一人のコレクターの生涯に亘る大コレクションにより、本格的に検証する展覧会を開催いたします。

駒井哲郎は、戦後の日本において、新しい美術表現とも関連を持ちながら、銅版画の芸術性を高め、重要な視覚表現ジャンルとして定着させたパイオニアとして、教科書にも登場する重要な作家です。
駒井は、銅版画という目に見える「かたち」を通して、目に見えない「こころ」のうちを表現した画家でした。夢と現実の織り成すその表現は、見るものを空想の世界へと誘ってやみません。しかし、駒井が銅版画に描きだしたイメージは、決して非現実的なものだったわけではありません。それは、人生への懐疑や日常の憂鬱感、ひそやかな期待や心の高揚感といった、きわめて切実で真摯な、内なるこころから生まれました。目を閉じた時に瞼の裏に微かに浮かぶ光の造形や、日常の中で目にした現実としての幻影。駒井はそういった心の眼で見た現象や現実を、鋭い感性と熟達した技術によって銅版画へと移し変えることに成功した、稀に見る才能豊かな芸術家でした。

本展では、そうした駒井芸術の全貌を、資生堂名誉会長の福原義春氏が蒐集した約500点という大コレクションでご紹介いたします。このコレクションは、このたび世田谷美術館に寄贈され本展はその記念の展覧会となります。銅版画に惹かれ作品を作り始めた15歳の頃の作品、希望を胸に渡仏するも挫折感を抱いて帰国、こころの傷をいやすかのように取り組んだ〈樹木〉シリーズ、安東次男との共作詩画集『からんどりえ』、交通事故という不慮の災難を乗り越えて制作した『人それを呼んで反歌という』、色彩家の側面も窺わせる華やかで自由な多色刷りのモノタイプ作品、そして舌癌の診断を受けた画家の心象風景ともいえる〈日本の四季〉シリーズに至るまでを網羅したコレクションは他に類を見ません。ホイッスラーやメリヨンの影響がみられる初期の作品から、ルドンやクレーを解釈しながら独自の表現を生み出した清新な1950年代の作品を経て、病に冒され、その心情を痛切に表現して終わる駒井の創造の軌跡の全貌をご堪能いただきたいと思います。

作品画像: © Yoshiko Komai 2010 /JAA1000185



基本情報

会期:2012年4月28日(土)~7月1日(日)
[第I部]若き日のエッチャーの夢(1935~1960)
4月28日(土)~5月27日(日)
[第II部]夢をいざなう版の迷宮(1961~1976)
5月30日(水)~7月1日(日)
※作品は前・後期総入替えとなります
休館日:毎週月曜日、ただしゴールデンウィーク中 4月28日(土)~5月6日(日)は無休
5月28日(月)、29日(火)は展示替のため休室
会場:世田谷美術館 1階展示室
観覧料:一般1,000(800)円、65歳以上/大高生800(640)円、中小生500(400)円
※( )内は20名以上の団体料金。
※障害者の方は500円(介助の方1名までは無料)、大高中小生の障害者の方は無料
※本展に限り、入場券半券をお持ち頂きますと、2回目のチケットご購入時にご観覧料が2割引となります。ぜひ、前後期あわせて展覧会をお楽しみください。
主催:世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)、東京新聞
後援:世田谷区、世田谷区教育委員会
協賛:資生堂


関連企画

講演会「コレクションを語る」
日時:4月29日(日) 14:00~
会場:世田谷美術館 講堂    
参加方法:当日、整理券を配布します           
講演者:福原義春氏(株式会社 資生堂 名誉会長)
聞き手:清水真砂(当館学芸部長)


講演会「『レスピューグ』スライド原画に寄せて
―実験工房を語る」

日時:5月3日(木・祝) 14:00~
会場:世田谷美術館 講堂    
参加方法:当日、整理券を配布します
講演者:湯浅譲二氏(作曲家・国際現代音楽協会名誉会員・カリフォルニア大学名誉教授・桐朋学園大学音楽部特任教授)


講演会「わが師 駒井哲郎を語る」
日時:6月2日(土)  14:00~
会場:世田谷美術館 講堂
参加方法:当日、整理券を配布します
講演者:中林忠良氏(版画家・東京藝術大学名誉教授)
    渡辺達正氏(版画家・多摩美術大学教授)


公開制作「駒井哲郎の技法のヒミツ」
多摩美術大学で駒井哲郎の薫陶を受けた渡辺達正氏による、駒井哲郎の原版を用いた公開制作。
日時:5月5日(土)  14:00~
場所:世田谷美術館 地下創作室
制作者:渡辺達正


「100円ワークショップ」
小さなお子様から大人の方まで、どなたでもその場で気軽に参加できる版画体験です。
日時:4 月28日~6 月30日の期間中毎土曜日
13:00~15:00
場所:世田谷美術館 地下創作室C
参加方法 :随時受付 参加費: 1回100 円




展示構成

駒井哲郎 《河岸》 1935年 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第1章  銅版画への道 (1935-1948頃)

1920年、駒井哲郎は東京・日本橋の裕福な家庭に生まれ、氷問屋を営む生家で9人兄弟の6男として育ちました。やがて15歳の時、『エッチング』誌で銅版画を知り、強く惹きつけられた駒井は、日曜ごとに日本エッチング研究所に通い銅版画の手ほどきを受けるようになります。同時に、同研究所で西洋のオリジナル銅版画に接し、深い感銘を受けました。本章では、早熟な駒井の優れた力量が窺える15歳当時の貴重な版画作品から、銅板が入手しにくい時代にリノカットで制作した挿絵原画など、駒井の銅版画の原点ともいえる作品群を紹介します。


駒井哲郎 《束の間の幻影》 1951年 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第2章  夢の開花 (1948-1953)

自宅の庭に自ら設計した、3坪ほどのアトリエで本格的に制作に打ち込み始めた駒井は、春陽会第27回展に9点を初出品するや、清新な作風で見る人の心を捉え、《孤独な鳥》で春陽会賞を受賞。たちまち注目の新人として各方面に大きく取り上げられるようになり、海外でも受賞を重ねます。本章では、サンパウロ・ビエンナーレ受賞作であり代表作といえる《束の間の幻影》をはじめ、初めての詩画集『マルドロオルの歌』、美術評論家・瀧口修造によるアトリエ訪問をきっかけに一時参加した実験工房での活動を示す貴重なスライド原画、資生堂ギャラリーでの初個展で手掛けた初めての色彩銅版画など、戦後一気に花開いた、瑞々しい作品群をご紹介します。


駒井哲郎 《樹》 1958年  福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第3章  夢の瓦解そして再生 (1954-1958)

フランス政府私費留学生試験に合格した駒井は、1954年3月、フランスに向けて旅立ちます。パリ・オランジュリー美術館の展覧会で目にしたロスチャイルド・コレクションの版画作品に驚嘆、自己崩壊の思いに襲われますが、同時に版画の素晴らしさを再認識します。尊敬するパリ在住の銅版画家・長谷川潔の勧めもあって国立美術学校に入学し、ビュラン(エングレーヴィング)を学びます。しかし1年後、帰国の時期を迎えた駒井は、結局、西洋文明の豊かさに圧倒されるのみだったことを痛感し、自信を喪失してしまいます。本章では、《仏国風景》などの滞欧作や、立ち直りのきっかけとなった作品《樹木 ルドンの素描による》、それに続く一連の樹木のシリーズ、さらに〈コミック〉の連作などを通して、次第に挫折から立ち上がり、模索を繰り返しながら、新たな制作の境地へと向かい再生していく姿とその過程を検証します。


駒井哲郎 《食卓I》 1959年  福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第4章  充実する制作:詩画集『からんどりえ』まで (1959-1960)

1958年頃から立ち直りをみせてきた駒井哲郎は、相次いで美術展に作品を出品し、受賞を重ねます。さらには仏文学や銅版画に造詣の深い詩人、安東次男と意気投合し、詩画集『からんどりえ』を共同制作、書肆ユリイカから発刊します。制作にはおよそ1年半を費やし、版画家と詩人はお互いに刺激に満ちた対話を繰り返しながら、この詩画集を完成させました。「からんどりえ」=暦(カレンダー)という題が示すように、安東による12ヵ月分の詩に対し、駒井は表紙、フロントピース、目次を含め10点の版画を制作しています。本章では、自己をとりもどしていった駒井の、資質と技術の開花を『からんどりえ』の一連の作品を中心にご紹介します。


駒井哲郎 詩画集 『人それを呼んで反歌という』 (1966年 エスパース画廊刊) 表紙、1965年 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第5章  新たな表現を求めて (1961-1966)

『からんどりえ』刊行と同年、駒井は世田谷区新町の実家の横に完成した新居に引っ越します。銅版画家としての評価も安定し、東京藝術大学美術学部および多摩美術大学の非常勤講師となったほか、1960年から61年にかけて日本橋の南画廊や愛知県文化会館美術館などで個展や回顧展を次々と開催しました。こうして自信を取り戻し、新たな展開を求めて様々な技法を試みていた矢先の1963年、駒井は交通事故で両下肢を骨折、約1年間の療養生活を余儀なくされます。本章では、この不慮の災難を乗り越え制作した、安東次男との2作目の詩画集となる『人それを呼んで反歌という』を中心に、金ブラシを使った作品や、紙片などを用いた初期のモノタイプ作品をはじめとする、多様な表現を模索した作品の数々をご紹介します。


駒井哲郎 《「5.……私はまた背後をふりかえった。」》 1969年、銅版画集『九つの夢から』 (1970年 青地社刊)より 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第6章  充実の刻 (1967-1970)

1967年、尊敬する長谷川潔との二人展、「長谷川潔・駒井哲郎銅版画展」が銀座・松屋で開催されます。また、1970年には銅版画集『Composition de la nuit(夜のコンポジション)』、作品2点を収めた埴谷雄高著『闇のなかの黒い馬』、同書に使われた原画をもとにした銅版画集『九つの夢から』、そして最初の作品集『現代版画 駒井哲郎』、さらに金子光晴との詩画集『よごれてゐない一日』が相次いで刊行されました。同年9月には多摩美術大学教授となります。また、美子夫人とともに渡欧、20日間にわたりパリ、ローマ、フィレンツェを訪れ、パリでは夫人とともに長谷川を訪問し、《R夫人像》改版の動機となったレースの技法の示唆も受けました。本章では、上記の銅版画集や作品集に加え、足元が固まり自らを振りかえる余裕ができたと感じられる充実した作品群を紹介します。


駒井哲郎 《Fleurs et fruits (花と果実)》 1973年頃 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

第7章  未だ見果てぬ夢、色彩の開花 (1971-1973) 

「未だ果てぬ本の夢」と自身で述べているように、駒井が生涯を通して力を注いだ仕事のひとつがブックワークです。それと共に、多色刷りモノタイプの作品が目立って増えてきたのもこの頃でした。 小山正孝詩集『山の奥』、橋本一明詩集『モーツァルトの葬儀』、丸山薫詩集『蟻のいる顔』などの挿画や装幀などにより、駒井哲郎のブックワークの一端を本章でご紹介いたします。また、堀井春一郎句集『曳白』の装幀原画や一連の『新潮』表紙原画のカラフルなモノタイプ作品などをこの時期を特徴づける作品群として展示します。1970年代の多色刷りモノタイプの作品群は、白と黒の造形をストイックに追求してきた駒井に色彩家としての優れた資質があることを明らかにするものと言えましょう。


第8章  白と黒の心象風景と乱舞する色彩 (1974-1976)

第8章では、1974年の3月、前年からしきりに疲れを訴えていた駒井は、検査の結果、舌癌と診断されます。しかし駒井の作品制作は続き、また7月、12月と二度にわたって渡仏、長谷川潔を訪ねます。本章では、この闘病期からの晩年作をご紹介します。1975年の「吉田善彦・駒井哲郎展」に出品した〈日本の四季〉シリーズや、入院後も痛みに耐えながら制作した、絶筆となる《静物》、銀座・資生堂ギャラリーでの「九人の会」に出品した《帽子とビン》には、最後まで銅版画家としてのこだわりを見せた駒井の姿勢がありありと浮かびあがります。一方で、自由が丘画廊を中心に発表された多色刷りモノタイプの作品を合わせて展示し、白と黒の造形家として知られた駒井の、解き放たれたような色彩家としての一面もご覧いただきます。


駒井哲郎 《思い出》1948年 福原コレクション(世田谷美術館蔵)

特別展示コーナー

全国巡回展の最終会場となる世田谷美術館では、特別展示として、新たにコレクションに加わった、福原義春氏による寄託作品を展示いたします。これらには初期の貴重なものや、著名な版画家・関野凖一郎、恩地孝四郎旧蔵の駒井作品も含まれています。また、技法についてのコーナーを設け、貴重なエッチング原版や、駒井が使用した道具なども合わせて展示し、その技法の秘密に迫ります。


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