Ars cum natura ad salutem conspirat

世田谷美術館は、近現代の作品を中心に、日本国内はもちろん、海外の作品も含め、これまで約15,000点の美術作品を収集してきました。なかでも、素朴派などの作品や、世田谷区ゆかりの作家の作品はコレクションの大きな柱となっています。また、美食家で、書、器といった様々な分野で才能を発揮した北大路魯山人の作品も充実したコレクションとなっています。



アンリ・ルソー《サン・ニコラ河岸から見たサン・ルイ島》1888年

世田谷美術館では、素朴派と呼ばれる作家たちの作品を多く収蔵しています。 素朴派を代表する画家アンリ・ルソーは、税関吏とあだなされ、独学で絵の勉強をし、独特な画風の作品で知られています。その他、イタリアの靴職人のオルネオーレ・メテルリなど、素朴派と呼ばれた人々は、画家とは別な職業をもつ人が多く、独学を基本とし、独自の表現世界をつくりあげています。 世田谷美術館では、素朴派をはじめ、芸術の原点を問う作品を中心に、近代から現代までの優れた美術作品を収集しています。


北大路魯山人《雲錦大鉢》1940年

世田谷美術館には、北大路魯山人と交流のあった塩田岩治氏が所有していた北大路魯山人の書画から器まで157件の作品が寄贈されています。

●北大路魯山人(1883-1959)
京都上賀茂に生まれる。書家として活動を始め、豪商や素封家の食客として放浪の旅をするうち、食に興味を持つようになる。1919年(大正8年)中村竹四郎と、美術骨董店「大雅堂芸術店」を開業。1921年(大正10年)に、会員制の食堂「美食倶楽部」を始め、料理とともにそれを盛る器も手がけるようになる。1925年(大正14年)には当時日本一の会員制料亭「星岡茶寮」がスタートする。1936年(昭和11年)竹四郎との間に溝が生じ、魯山人は茶寮を追放される。その後は、作陶に没頭し、『雅美生活』、『陶心雅報』、『独歩』などの小冊子を発行するなど多才な才能を発揮した。


2階展示室

関東大震災以降、世田谷区は私鉄の開通などによって様々な文化人が移り住むようになりました。広いアトリエを求め、多くの美術家も世田谷に拠点をおくようになりました。彫刻家の菊地一雄、佐藤忠良、舟越保武、本郷新、柳原義達、画家の牛島憲之、須田寿、難波田龍起、向井潤吉らがメンバーの「白と黒の会」など作家同士の交流もさかんでした。二紀会の中心的存在の一人であった画家、宮本三郎も世田谷にアトリエがあり、世田谷美術館では絶筆≪假眠≫を含む約4,000点にのぼる宮本三郎の作品を収蔵しています。(区内には現在、向井潤吉、宮本三郎、清川泰次の各作家のアトリエのあった場所にそれぞれ分館を開設しています。)現在も、絵画、彫刻、工芸、版画、写真といった様々な分野で活躍中の美術家が世田谷に居を構えています。世田谷美術館では、こうした幅広い分野の世田谷にゆかりのある作家の作品を収集しています。


Copyright Setagaya Art Museum. All Rights Reserved.