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セタビブログ

2024.04.27

「小学校と美術館の連携事業に関する交流会 美術鑑賞を徹・底・解・剖!」活動報告その①

2023年8月に2日間、世田谷美術館と世田谷区立小学校の連携事業に携わる方々による交流会を行いました。
世田谷美術館では1986年の開館当初から区立小学校と協力し、小学4年生に向けた美術鑑賞教室、出張授業といった連携事業を全国でもいち早く行ってきました。これらの活動に携わるのは世田谷区立小学校図工科の先生方、当館の美術鑑賞教室に携わる鑑賞リーダー(当館ボランティア)、出張授業を担当する大学生インターン、当館普及担当職員。日々こうした連携事業をともに行っているのですが、ここ数年コロナ禍もあり、交流を深める機会はほとんどありませんでした。そこで今回は美術館でワークショップや講演を通し作品鑑賞について語らい、親睦を深める研修会を開きました。
ここでは初日に行ったワークショップの様子をご紹介いたします。

【アートテラー・とに~さんによる作品鑑賞ワークショップ】
日時:2023年8月22日(火)13:30~16:30
場所:世田谷美術館 講堂
講師:アートテラー・とに~氏
参加者:区立小学校美術担当教諭11名、大学生インターン3名、鑑賞リーダー26名、当館普及職員4名

ワークショップのテーマは「アートにエールを!」。
美術鑑賞教室や出張授業など美術鑑賞に日々関わる参加者全員で、今一度美術鑑賞の楽しさを共に分かち合える場を設けたいと思い、現在、「作品の面白さを伝える」スペシャリストとしてブログや美術館でのトークを通し、美術の楽しみ方を発信されているアートテラー・とに~さんとともにボディビルディングの掛け声に模した作品鑑賞を行う、一風変わったワークショップを行いました。ボディビルディングの大会で選手に向かって「キレてる!」「いい血管出てるよ!」といった褒める言葉を大声で掛けるように、美術作品にエールを送ります。

~ワークショップ当日の様子~

初戦 ポピュラーな作品にエールを!

掛け声を発表する様子


ボディビルの大会同様、トーナメント制とし、全3回戦を実施しました。
初戦では全体を3チームに分け、誰もが見たことのあるポピュラーな作品の図版を使いウォームアップを行いました。気になる出場作品はこちら。

エントリーNo.1 オーギュスト・ロダン《考える人》
エントリーNo.2 ジョン・エヴァレット・ミレー《オフィーリア》
エントリーNo.3 ヨハネス・フェルメール《牛乳を注ぐ女》


作品の図版が立てかけられたイーゼルの前に参加者たちが集まり、まずはシンキングタイムへと突入します。それぞれのグループに与えられた作品について、どんな掛け声をかけられるかを話し合います。最終的に考えるのは掛け声なのですが、《オフィーリア》を鑑賞するチームからは「茂みのなかに鳥がいた!」「意外に浅瀬なのかもしれない」、《牛乳を注ぐ女》チームからは「大きな容器に牛乳を注ぎなおす料理ってなんだろう?」、《考える人》チームからは「そういえば何を考えているんだろう」などと今までよく見かけていたであろうこれらの作品から新しい発見をする声があがり、自然と鑑賞は深まっていきました。

そしていよいよ掛け声を各チーム発表する段階に。1作品1分ずつ時間を設け、チームメンバーが思いついたらどんどん掛け声を言っていく形で発表していきました。まずは《オフィーリア》チームからチャレンジ。初戦のためまだ気恥ずかしさもあり、掛け声が出にくいかと思いきやスタートの合図とともに「一緒に水浴びしたい!」という何とも元気溢れる掛け声が披露されました。「ライフジャケット着ててえらい!」「20代の樹木希林!」など、次々と会場に響く掛け声。続く《牛乳を注ぐ女》チームも開口一番「お母さんいつもありがとう!」「変わらない母の味!」と画中の人物を鼓舞するような温かいエールが送られました。一つ一つの掛け声に講師のとに~さんはじめ、周囲の参加者も共感の声を漏らしたり、疑問を呈したり、次第に会場一体となり盛り上がるを見せ始めました。中には掛け声を発表しているチーム外の参加者から新たな掛け声がかかり、場を沸かす場面も。そして初戦最後の《考える人》チーム。「このふくらはぎ掴みたい!」「筋肉で考えてる!」など、やはり美しいプロポーションに着目する掛け声もあれば、「100年よく座ってんなあ!」と、そういえばなぜそこに考え込んで座っているんだろうと、改めて考えてしまうような掛け声も披露されました。恥ずかしいあまり、参加者が掛け声を発表してくれないのではないか、という担当者の心配は杞憂に終わり、無事1回戦は終了しました。

2回戦 世田谷美術館の具象作品にエールを!

それぞれのグループで作品鑑賞をする様子


続く2回戦は世田谷美術館の収蔵品から3つの具象作品が登場し、引き続き3チームに分かれての鑑賞を行いました。
2回戦の出場作品はこちら。

エントリーNo.1 フェルディナン・デスノス《鹿》 1925年
エントリーNo.2 大竹伸朗《カラオケボックスの自画像》 1998年
エントリーNo.3 カミーユ・ボンボワ《三人の盗人たち》 1930年


どれも具象絵画ですが、全くタイプが異なる3作品の登場です。
《鹿》チーム(画像向かって左)では、「近づくと異世界」「神の降臨だ」という静かな掛け声や「しかたないね」といったボディビルの鼓舞するような力強い掛け声とは異なる、作品の登場人物に共感するような掛け声が披露されました。続く《カラオケボックスの自画像》(画像向かって中央)チームでは、「アンコール!」「白と黒だけなのにこの世界観!」「校長先生の話長い!」、《三人の盗人たち》(画像向かって右)チームでは「キャッツアイ2023」「ユニクロ3枚セット!」「オレンジパンツかわいい!」など同じ作品を見ているはずなのに参加者それぞれの世界観溢れる掛け声が披露されました。

最終決戦 世田谷美術館の抽象作品にエールを!

最終決戦の作品を前に緊迫した様子


そしていよいよ迎えた最終決戦。ここまで繰り広げられた数々の掛け声による熱い戦いの末、作品を鼓舞する一声に優れた7名がとに~さんと参加者によって選ばれ、最終ステージに上がりました。
最終決戦では世田谷美術館の収蔵品から抽象作品が絵画、彫刻それぞれ1点ずつ登場し、決勝メンバーには1作品につき、掛け声を1度だけ披露してもらいます。運ばれてくる決勝の選出作品を捉えた決勝メンバー。会場にこれまでにない緊張感が漂う中、選ばれし猛者たちが作品を静かに見つめ始めます。抽象作品にエールを送るという、最も難易度の高い熾烈な戦いの火ぶたが静かに切って落とされました。

エントリーNo.1 村井正誠《不詳》 1970年

抽象作品のうえ、さらに作品のタイトルの分からないこの作品。今大会最難関の作品の登場です。決勝メンバーは一体この作品にどんなエールを掛けてくれるのでしょうか。ここでは7名全員の掛け声をご紹介します。

「僕外国の交通標識分かりません!」
「あっ!UFOだ!」
「丸に手つっこんだら赤がラスボスだった」
「黄色陣営頑張れ!」
「このタイヤおもっ!」
「ボンバー!」
「こういう知恵の輪作ったら儲かるよ!」

ただでさえ鑑賞に対する言葉の出し方が難しいと思われがちな抽象作品に対し、一言で自分の作品への印象を発する最終決戦メンバー。それぞれ臆することなく奇想天外な世界観を披露してくれる姿が印象的でした。

そして長きにわたったこの戦いもこの一戦で終わりを迎えます。最後の出場作品はこちら。

エントリーNo.2 建畠覚造《WAVING LADDER16》のマケット 1994年頃

辛うじてタイトルがあり、作品の見た目は有機的で分かりやすくそれぞれの部分も理解できるけれど、、、でもなぜ?と謎が謎を呼ぶような魅力的な作品です。
作品が出るや否やすでに口から掛け声が漏れ出てしまう最終決戦メンバー。もはやこの領域でのプロの域に達しつつある模様です。今回初めての立体作品を目の前にし、作品の周りを巡り見方を変えながら真剣に掛け声を考える時間。遠くでセミの鳴き声だけが鳴り響きます。いよいよラスト・エールの時間です。

「あと2段だ。がんばれ!」
「だれか止めて~!」
「たぶん四次元ポケットのなかのそろばん!」
「朝起きたら頭にはしごが刺さってる!」
「正月の出初式、もっとお酒飲んでがんばれ!」
「あなた、朝はハムエッグよ」

そしてこのうち1名はなんと掛け声をせず、もはや体の動きで作品を表現するという高等テクニックに達していました。制約にしばられず、真に純粋に心と体で作品を楽しんでいる方なのかもしれません。
ここまで出てきた数々の掛け声。みなさん、それぞれ一つの作品に対する掛け声だと思えましたか。そう思ってしまうほど毎度あまりに発想豊かなエールの数々が披露される場となりました。

体を動かし作品を表現する最終決戦メンバー 


今回のワークショップを通して感じたのは、それぞれの人が考えている事は本当に千差万別だということです。掛け声の一言に参加者それぞれの考え方がぎゅっと凝縮されていて、掛け声を聞いた直後は一瞬ですべてを理解することができず不思議な時間が経過するのですが、じわじわと自分の中に意見が落とし込まれていって、発された言葉に感心する瞬間が遅れてやってくる。なんとも味わい深い時間でした。こうした他人の思いもよらない意見を聞くと、また次に「じゃあ自分だったらこの作品をどう捉えられるだろうか」と頭が働き、再び作品を観るようになる。このワークショップではゲーム感覚でそれぞれの意見を発表してもらいましたが、それぞれの独創性が感じられ、他人の意見に耳を傾ける面白さがあり、ともに作品を鑑賞し交流することで生まれる一体感を感じるなど、作品を楽しみながら鑑賞するに際して重要なすべての要素が詰まっていたように感じました。作品鑑賞は子どもだけによらず、大人も純粋な気持ちで楽しむことができるのだと改めて感じさせるワークショップとなりました。

「小学校と美術館の連携事業に関する交流会 美術鑑賞を徹・底・解・剖!」活動報告その②につづく

T.S

投稿者:T.S

2024.04.27 - 10:00 AM