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ミュージアム コレクション(終了)
当館の収蔵品によるシリーズ企画「美術家たちの沿線物語」。2020年の田園都市線・世田谷線篇、2022年の大井町線・目黒線・東横線篇につづき、第3弾となる今回は、京王線と井の頭線を取り上げます。 世田谷区の北端を甲州街道に沿って東西に走る京王線(1913年笹塚~調布間開業)、そして渋谷から吉祥寺までつなぐ井の頭線(1933年渋谷~井の頭公園駅間開業)。この沿線にも、美術家たちをはじめ文学者、建築家など多くの文化人が住み、それぞれに交流をもちながら地域の独特な文化的土壌をはぐくんできました。 京王線が開業する前の1907年から千歳村に住み、晴耕雨読の生活を送った文豪・徳冨蘆花。1922年、京王線開業当時の起点駅だった笹塚駅付近の牧場を描いた洋画家・小堀四郎。同じ頃、松沢駅(現在の八幡山駅)近くに住み、府立松澤病院(現在の都立松沢病院)周辺の風景を描いた洋画家・林武。芦花公園駅近くの自邸を「世田谷村」として、自らの建築理念の実践の場としている建築家・石山修武。井の頭線東松原駅前の商店街を写した写真家・荒木経惟。また、洋画家の山口薫や脇田和、日本画家の岸浪百草居や片岡球子、染色家の山田貢、さらに、版画家・池田良二、絵本作家・荒井良二、アニメーション作家・山村浩二、画家・五木田智央、画家で映像作家の石田尚志も特別出品で加え、多彩な分野の作家をご紹介します。沿線で織りなされた、美術家たちの創作と交流の足跡。さまざまな物語をお楽しみください。
ミュージアム コレクション(終了)
大正から昭和初期の郊外開発に端を発する東急大井町線、目黒線、東横線は、今日にいたる世田谷の街並みを形づくってきました。本展では村井正誠や宮本三郎など、沿線に住んだ美術家や文化人たちの創作と交流の足跡を辿ります。また小コーナーでは「黒船館をめぐって―吉田正太郎と小川千甕」として、新潟県柏崎市にある「黒船館」関連作品を展示いたします。※本展覧会「美術家たちの沿線物語―大井町線・目黒線・東横線篇」のパネル解説等を収めた小冊子(A5サイズ、中綴じ、20頁)は、5月14日より無料配布をはじめます。
ミュージアム コレクション(終了)
1907年に世田谷で最初に開通し、“玉電”の愛称で親しまれた玉川電気鉄道。現在は、渋谷から二子玉川に向かう東急田園都市線と、三軒茶屋から分岐し下高井戸へと至る東急世田谷線に、その名残をとどめています。“玉電”沿線では、1913年、都内初の高級分譲地である桜新町が開発されたのをはじめ、1923年の関東大震災以降、次第に宅地化が進み、多くの美術家たちもまた、広い土地にアトリエをもとめて移り住みました。本展では、この沿線にゆかりの美術家たちを取り上げ、数々のエピソードとともに作品をご紹介します。1919年、三宿駅近くに画室「白田舎」を建てた日本画家・平福百穂と、歌人・斎藤茂吉との交流。関東大震災の後、駒澤大学の校舎および図書館の再建に携わった建築家・菅原栄蔵と、菅原が構想した駒沢芸術家村のアトリエに住んだ洋画家・向井潤吉。桜新町に千坪の農園を営んだ家具作家・林二郎と、その近隣に住んだ洋画家・緑川廣太郎や小説家・志賀直哉ら文化人の交流の輪。1930年代に写真家・桑原甲子雄がとらえた世田谷ボロ市の風景など――。美術家たちの創作と交流の足跡、沿線で織りなされた、さまざまな物語をお楽しみください。
新着情報
3月30日(土)は、世田谷美術館の開館記念日です。現在「美術家たちの沿線物語」と題して当館1階で開催中の企画展(小田急線篇)および2階のミュージアムコレクション展(京王線・井の頭線篇)の両展覧会を、この日に限り無料でご覧いただけます。是非この機会に足をお運びください。なお、当日はさくら祭も開催しております。併せてお楽しみください。皆様のご来館をお待ちしています。 ※世田谷美術館分館(向井潤吉アトリエ館、清川泰次記念ギャラリー、宮本三郎記念美術館)は展示替えのため休館しております。