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セタビブログ

2021.08.05

【杉田協士監督本人の長文コメントあり!】『春原さんのうた』が三冠受賞! そのマルセイユ国際映画祭とは?

マルセイユ国際映画祭授賞式。中央は杉田協士さんと荒木知佳さん 写真:槻舘南菜子

マルセイユ国際映画祭授賞式。中央は杉田協士さんと荒木知佳さ…

当館の映画ワークショップで長らくお世話になっている映画監督、杉田協士さん。コロナ禍に翻弄されながら彼がつくりあげた新作長編『春原さんのうた』が、2021年の第32回マルセイユ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に正式出品されたことは先日のブログで書きましたが、なんとその作品が、グランプリ、俳優賞(主演=荒木知佳さん)、そして観客賞の三冠を受賞! 「ぽかーんとしています」と受賞直後にツイートしていた杉田さんでしたが、何度お祝いの言葉を書いても足りません。本当に、おめでとうございます!

グランプリ、俳優賞、観客賞を受賞した『春原さんのうた…


さて、美術の世界の〇〇ビエンナーレといった「芸術祭」同様、国内外に「映画祭」はたくさんあります。ビエンナーレには、巨額の投資マネーが動くようなものから地域振興に資する小ぶりなものまでとバラエティがあり、映画祭にもそれぞれ特徴があることでしょう。では、マルセイユ国際映画祭(FID)は何が持ち味なのでしょうか。

FID公式サイトより。画面左側に『春原さんのうた』グ…


それを知るのに最適な記事が、8月1日に出ました。映画を中心とするカルチャー批評誌『NOBODY』オンライン版に掲載された、カンヌ国際映画祭批評家週間短編選考委員、ヴェネチア国際映画祭ヴェニスデイズ部門コンサルタントの槻舘南菜子さんによる「第32回マルセイユ国際映画祭FID――カンヌからマルセイユへ――」(https://www.nobodymag.com/journal/archives/2021/0801_2249.php)
パリ在住の槻舘さんは、今回はカンヌからマルセイユに直行して、現地で杉田さんのサポートもされていた方です。

その槻舘さんいわく、FIDとは「開かれた砦」。
まず、「カンヌとは真逆の先鋭性と仏映画産業に媚びない強い芸術的志向」をもち、新しい才能の「「発見」という映画祭本来の役割を軸に据え、ワールドプレミアへの強いこだわりを掲げる稀有な映画祭」であるとのこと。なるほど、商業主義の奔流に押し流されてしまわないように映画という表現を見守る「砦」ですね。

しかもおもしろいのは、FIDは「映画作家を孤高の芸術に閉じ込めるわけではなく、新たな才能をカンヌ国際映画祭などの大規模な映画祭に送り出してもいる」ということ。例えば現代美術の文脈でもよく知られているタイの映像作家、アピチャートポン・ウィーラセータクン(「アピチャッポン・ウィーラセタクン」という表記になじみがある方も多いと思いますが、上記が原語の発音により近いそうです)が、その好例。『ブンミおじさんの森』が2010年のカンヌで最高賞パルムドール賞を受賞していますが、FIDはすでに2000年に彼を見出していた、つまりアピチャートポンは「FID的な先鋭性を出発点とし、国際的なキャリアを積みあげた作家」なのです。今回のFIDでは、アピチャートポンは名誉賞を受賞したほか特集上映も組まれており、杉田さんも彼との出会いに感激したようです。

杉田さんとアピチャートポン・ウィーラセータクン。マル…


さて、「ジャンルの垣根を越えた、フィクション、ドキュメンタリー、実験映画など幅広いセレクション」もFIDの特徴であり、今回のインターナショナル・コンペティション部門の出品作も文字通り多様であったようです。他にどんな作品があり、杉田さんの『春原さんのうた』はそのなかでどのように受け止められたのか。詳しくはぜひ槻舘さんのレポートをお読みいただきたいですが、ここでは杉田さん自身の言葉をご紹介します。帰国翌日、お電話でお話ししたときにいただいた、どれも印象的なコメントです。

「マルセイユに行って、世界では本当にいろいろな映画がつくられている、と改めて知りました。この映画は一体どう見たらいいのだろう、と考えることから始まる作品ばかりでした。言ってみれば、それぞれの映画がその映画だけのオリジナルのジャンルを持っているんです。映画を生んだ国であるフランスだからこそ、そのような映画祭を支える土壌ができているのかとも思いました。」

「私自身、これまで何度もあなたの映画はわかりにくいという言葉を向けられてきましたが、気にせずに自分がこれでいいと思うやり方をつづけてきました。そうするにはそれなりに持続的な力を自分の体や心に入れつづける必要があるんです。“普通のもの”を求める力は、それこそ砂浜を打つ波のように繰り返し押し寄せてくるので。でもマルセイユに来たら、あれ? この映画はいったい何? という作品ばかりに出会って、いい意味で力が抜けました。」

「10時間以上の長さの映画を作って発表してしまうようなラヴ・ディアス監督が、審査員長としてグランプリを渡してくれたこともうれしかったです。また、観客賞もいただけたのは、今回のコンペ作品の中にあっては比較的見やすかったからかもしれません。いやいや、自分の作品が見やすい? そんなことある? と思えたのもおかしくて、ありがたい場所でした。岩場をずっと登っていたら見晴らしのいい場所に立ってた、みたいな気持ちでいます。ということは、まだまだ先の世界があるということでもあります」

授賞式後、インターナショナル・コンペティション部門審…


「普通のもの」を求める波に抗い、「いったい何?」と思わせるような作品を生み出す才能を発見するのは、歴史の厚みに裏打ちされた優れたプロの仕事。と同時に、それを育てるのは、自分の目でしっかり作品を観る数多くの観客なのだと、あらためて痛感します。いうまでもなく、美術の世界でも全く同じです。

そしてもうひとつ、表現のジャンルを超えて共通する大切なことがあります。それは、どんな仲間とともに歩いていけるかということ。

「もちろん、私だけでここまで来られたのではないです。私の長編1作目からずっと一緒に作ってくれていて、世田谷美術館でも同じ講座を担当してきた撮影の飯岡幸子さんや編集の大川景子さん、あと同じく講師で、いつも杉田はそれでいいのだと励ましてくれる脚本家の保坂大輔さんや和田清人さんの存在が大きいです。そばにいて高め合える人、大事なんです。私が直接耳にしたことではないのですが、飯岡さんは初めて私の撮影現場に参加する人に、「これでお客さんに伝わるのかと思うでしょ?でも不思議と伝わるんだよね。だから杉田君を信じることにしてる」と言ってたそうです。ありがたいです。」

『春原さんのうた』は、国内では2022年新春からポレポレ東中野などで公開予定。その前に、この作品はFIDという「砦」を出て、世界各地の映画祭で続々と新たな観客を得るかもしれません。ますます先行きが楽しみです。もういちど、杉田さん、おめでとう!

M.T

投稿者:M.T

2021.08.05 - 02:55 PM

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