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セタビブログ

2023.03.02

「中村恩恵カナリアプロジェクト 沈黙のまなざし Silent Eyes」活動報告その2

世田谷美術館で2022年12月から進行中の「中村恩恵カナリアプロジェクト 沈黙のまなざし Silent Eyes」。
振付家・ダンサーの中村恩恵さんのコンセプトによる、異色のワーク・イン・プログレスです。当館のパフォーマンスInstagramにて連載中の記事のうち、第4回・第5回目をまとめてご紹介します。プロジェクトは大詰めを迎えつつあります。

【【中村恩恵|ワーク・イン・プログレス④】



振付家・ダンサーの中村恩恵さんのコンセプトによる「カナリアプロジェクト 沈黙のまなざし」。2023年1月27日、3回目の集まりがありました。この日、メンバーは、美術館のクヌギの木が大きく姿を変えているのを目撃することになります。重くて長い枝を何本も落とすような大規模な剪定が、少し前に行われていたのです。

4年前の夏、このクヌギにはある「事件」が起きました。自重に耐えかねた約300キロの大枝が、幹の部分からゆっくりと折れ始め、地に落ちたのです。以来、樹木の周辺は立ち入り禁止となり、美術館の廊下からクヌギのある広場へと出る扉も、封鎖されました。ガラス越しに木を眺めるだけの日々が始まりました。

そんな手の届かない美しい木をめぐって始まったのが中村さんのプロジェクトです。しかし、遠からぬ日に再び人々が広場に集えるよう、剪定が入った様子。喜ばしいことです。が、枝々の切断面はとても生々しく、細かな枝先も姿を消して、クヌギは「はだか」にされたようにも見えました。

夕方、砧公園の散策を終えて戻ってきたプロジェクトのメンバーは、それぞれ黙って木を見つめていました。「この姿が気に入る人もいると思うよ」と、トヨダヒトシさんが呟きました。

館内の部屋でひと息ついたあと、中村さんにウィリアム・ブレイクの版画集を見せていただくことにしました。お祖父様の形見で、前回も持参していたのに、うまく出せなかった、と中村さんが告白したもの。

手のなかに収まるほど小ぶりなその版画集は、旧約聖書の「ヨブ記」を題材にしたものでした。何も悪いことをしていない人間が苦難に遭い続ける物語。中村さんがゆっくりページをめくります。

幻視者とも呼ばれるブレイクの版画は、どんなに小さくとも強烈な力で見る者を惹きつけます。が、細部に目を凝らすと、不思議なおかしみも漂ってきます。

夜。真っ暗な廊下で実験の時間です。前回、クヌギの写真を壁に投影し、その前で踊る中村さんの姿を、今井さんが撮りました。その写真を壁面に投影しながら、中村さんがまた踊る。冬至のクヌギと年明けの中村さんとその影、そして今日の中村さんとその影が、闇の中で混在しています。その様子をまたまた今井さんが撮る。

実験が続く暗がりの中、気づけば、泉イネさんが一心不乱に絵を描いていました。
 
写真1枚目は、前回の自身の姿とともに踊る中村さん。2枚目は、実験が終わって灯りをつけても描き続けていた泉さん。いずれも塚田が撮影しました。


【中村恩恵|ワーク・イン・プログレス⑤】




振付家・ダンサーの中村恩恵さんのコンセプトによる「カナリアプロジェクト 沈黙のまなざし」。2023年2月13日、4回目の集まりがありました。プロジェクトに最終的にどのようなかたちを与えるか、そこに向けて一気に動き出した日でした。
クヌギの木へと続く美術館の廊下に、映像インスタレーションとしてどう着地させたらいいのか。舵取りを間違えてはならないところです。

月2回、夕暮れに散策し、閉館後の美術館で写真とダンスの実験をする、というルーティンに沿って、記録係の写真家・今井智己さんは黙々と写真を撮り続けていました。それらは翌週メンバー全員にメールで共有され、さまざまな言葉を誘発していました。

例えば「揺れ動く」という題を持つW. B・イェイツの詩のこと、踊り手のアイデンティティを揺らがせる振付のダンス作品のこと、あるいは、いま手がけている他の仕事や、人生の岐路にまつわる個人的な呟き――何かの間で引き裂かれつつ走っているような経験の言葉。

2月初旬、3回目の集まりの記録写真を共有する際、今井さんは「散策」「プロジェクション」というふたつのフォルダに分けて送ってくれました。

穏やかな夕暮れと、闇の濃い夜。どこまでも広がる外部と、暗い奥底へと引きずり込むような内部。とりとめのなかった手探りの時間に、構造が見出された瞬間です。インスタレーションはふたつの映像を必要とするだろう。今井さんの眼に映っている何かがありました。間髪入れずに、設営案も今井さんから届きました。

4回目の集まり、2月13日は休館日。日中から廊下であれこれ実験ができます。施工業者にも来てもらい、夢中でプランを詰めます。

たくさんの可能性をひとつひとつ試してみて、「プロジェクション」、つまり夜の実験は、ほぼ実験をしているとおりの方法で、やや斜めから大きく壁面に投影することに。そして「散策」はその先、クヌギの木まであと少しという場所で、こぢんまりと見せることになりました。

気づけばすっかり暗くなっていました。18時をすぎてから、ルーティンの散策の開始です。しかも外は雨。傘をさし、濡れて黒光りする木々に会いにゆきました。美術館に戻り、中村さんが踊ります。

いつものようにみな静かに見守りますが、熾火がくすぶっているような熱さが、その場にはありました。今日でかなりかたちが見えた、でもまだ足りないものがある。そのことについては次回、3月半ばごろに書きたいと思います。

写真1枚目は、「散策」の映し方を試す今井さん、トヨダヒトシさん、中村さん。2枚目は、夜のクヌギ。3枚目は、実験で撮れた今井さんの写真を全員で確認中に、トヨダヒトシさんがその様子をさらに撮影中(3点とも塚田撮影)。

M.T

投稿者:M.T

2023.03.02 - 12:00 AM