Ars cum natura ad salutem conspirat

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伝統と革新と


8月8日、教育関係者むけ講座「ミュージアム・セッション」で行うレクチャー「手でみる美術のはなし」の講師、イタリア・トリノ大学教授のファビオ・レヴィさんと打ち合わせをしました。レヴィさんは20年にわたり、視覚障害者が美術作品を見るための方法や教材について研究してきた方ですが、その結果、目が見えない人だけでなく、見える人も新鮮な視点から美術を学べるクリエイティヴな本を数多く世に問うています。写真はレヴィさんの名刺(葉書大、アルファベット&点字併記)にあるロゴ、“世界を見る手”。かわいらしく暖かい太陽のようでもあり、レヴィさんの活動のイメージが伝わってきます。

さて、レクチャーでは、イタリアのミュージアムが視覚障害者にどのようにアプローチしてきたか、そこにレヴィさんはどのように関わってきたかをお話いただく予定ですが、打ち合わせでは話題がもっと広がり、ここ30~40年のイタリアの文化、政治、教育の状況に話が及んで、何ともスリリングなひとときに。


1960年代末、イタリア社会の諸局面で“解放”が叫ばれ運動が起こり(これは他の欧米諸国や日本でも生じた現象ですが)、その後教育の文脈では「統合教育」(障害をもつ子ももたない子も同じ学校に通う)がドラスティックに推進され、また社会に出た障害者たちに対するケアの必要性も認識され、ゆっくりと、しかし着実にさまざまな試みがなされて現在に至るとのこと。ミュージアムが視覚障害者に眼を向け始めたのもこうした文脈の延長線上においてでした。


レヴィさんいわく、「イタリアは60年代に過去の伝統と大胆に決別して革新の道を歩んできた。急進的すぎてついていけない事例も多々生じたけれど、60年代のインパクトは今も生きているし、興味深いことに“伝統”もまた、これまでとは別の形で現在の文化に息づいていると思う」。さて、我らが“美しい国”の場合はどうでしょうか。


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