Ars cum natura ad salutem conspirat

19世紀のパリ


いま世田谷美術館では、19世紀末のパリを象徴するアール・ヌーヴォー芸術の展覧会を開催中ですが、2階の収蔵品展でも、「パリ憧憬―駒井哲郎 版画コレクション」と題して駒井哲郎と彼が影響を受けた西欧の銅版画家たちの作品を展示しています。

中でも目を引くのが、19世紀の半ば、オスマンのパリ大改造によって失われつつあるパリの古い街並みを見つめ続けたシャルル・メリヨン(1821-1868)です。メリヨンは、パリの風景を銅版画に写しとっただけではなく、自らの内面に渦巻くメランコリーを深くその作品に刻み込みました。私生児として生まれたメリヨンは、17歳のときに母親を精神病で亡くし、やがて自らも同じ病に苦しむことになります。この孤独な銅版画家の才能を見出した詩人であり、美術批評家のシャルル・ボードレールは、メリヨンの作品に妄想と寓意を読み取りました。これらの要素は、彼が描くパリの景観に、単なる写実を超えた深い影を宿しました。メリヨンは、1859年のサロンでボードレールに絶賛されるも、1868年、47歳でシャラントンの精神病院にて世を去ります。

一方、フランスにおいてアール・ヌーヴォー芸術が芽生えはじめたのが1870年頃のこと。人々の関心は室内へと向かい、華麗な装飾がほどこされた調度品が多く生み出され、時を同じくして結成されたナビ派の画家たちは、室内空間の私的で親密な雰囲気をカンヴァス上に漂わせるようになりました。

19世紀半ばのパリと19世紀末のパリ、ほんの数年の間にパリの街並みも、芸術家たちがパリに向ける眼差しもすっかり変化してしまいます。2階の「パリ憧憬」展はささやかな展示ですが、アール・ヌーヴォー展と合わせて、パリという都市がその内に蓄積してきた、異なる時代の空気を感じていただければと思います。


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